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AIと恋愛は可能か?

人間と人間との「恋愛のメカニズム」というのは、互いがみずからの生という札を賭す行為であり、互いの生の安心(あるいは存在)が相互に支配されている興奮的状態である。この興奮的状態がいわゆるドキドキであり恋愛のトキメキとなる。

たとえば、いまだ恋愛関係が結ばれていない二人があると仮定する。二人は恋を告白するか否かをためらっている。なぜ恋の告白をためらうのかと言えば、それはみずからの生が支配されるか否か、対象の生を支配できるか否かを予想しているからである。

もし恋を打ち明けて、打ち明けた恋が否定されたら、否定された当人の生は傷つけられて不快となる(生存に不利であるため不快となる)。これに対して、もし恋を打ち明けて、打ち明けた恋がみごとに成就すれば、恋人という仲間を得るため(生存に有利であるため)、生は安心を(快を)獲得する。また、恋の告白をためらうのは、恋人との会話や性行為といった類の〈潜在的に〉生を充たすための機会の獲得と喪失との予想も加味されている。これを「恋愛のメカニズム」とする。

一般に言って、すべて人間は自愛的傾向性を有しており、みずからの生(快)を直接的にあるいは間接的に充足・維持するように第一に行為する。(生存および種の保存の本能)

この本質は自殺とて例外ではなく、みずからの生にとって自殺(死)という選択肢が、生きるよりも快であれば、自殺(死)が生(快)の最適解の行為として採用される。この自愛的傾向性を「人間の本能」とする。

上記の「恋愛のメカニズム」と「人間の本能」とを大前提においた上で「人間と人工知能(AI)との恋愛は可能か?」という話を展開したい。

チューリング・テストは合格|まずは恋心から

ある人間が人工知能を搭載した人間(以後「AI」とする)とともに生活をはじめる。

人間は、AIを人工知能とは知らない。AIと会話しても自然な様子であり、AIの身体に触れても人間的な温かみを感じる。理性や感性などの認識能力もうまく調和されており、人間に特有の “美しいと感じる心” をもっている。また、ときにAIは自然界のカオス的側面である突飛な行動さえもおこす。つまり人間は、AIを人工知能としてではなく、AIを人間として認識している。

さて、このまま両者が共同生活を営み続けたら、互いに恋心は芽生るだろうか?

人間の恋心のみが芽生えて、AIの恋心は芽生えない。

先ほどの「恋愛のメカニズム」の序言を改めて記すと、恋愛とは、互いがみずからの生という札を賭す行為であり、みずからの生の安心(あるいは存在)が〈相互に〉支配されている興奮的状態である。

恋心とは、みずからの生(快)がある水準に達するときに芽生える感情である。その水準に達するかどうかというのは、畢竟するに、あるものの生の存在が、どれほどみずからの生(快)を潜在的に充足するかどうか、その獲得可能性にかかっている。

つまり、あらゆる対象のなかで、ある対象が最もみずからの生(快)を充足できると仮想的に判断すれば、その対象に恋心を抱くのである。対象のもつ魅力的要素が(身体、性格、思想、趣味などが)私にとって快適であればあるほど生(快)は充たされる。

ところで真摯な話なのだが、私たちはママやパパと性的関係を結びたいと〈無意識〉の世界ではおもっている。しかし実際的な〈意識〉の世界では社会の監視や法律によって抑圧・禁止されているため、両親と性的関係を結ぶことは無理であり実現不可能である。

それゆえ、みずからの生は、ママやパパのほかに、安心(快)を求めて蒼惶とする。そこでたどり着いたのは、みずからの生を安心させてくれる友達である。その友達のなかで、最もみずからの生を安心させてくれそうな人が恋人候補として選ばれて、潜在的な生の安心(快)のための一縷の期待というのが「恋心」として芽生える。これが恋心の水準に達するかどうかである。

どうして幼少期の子らに恋心が芽生えても恋愛関係が結ばれないのかと言えば、まだ性的器官が未発達であり、恋人よりもママやパパからのほうが最もみずからの生の安心を獲得できるからであり、最もみずからの生(快)を充たせるからである。

(どうして性行為が快であるのかは、性行為が生の存在をありありと感じさせるからである。つまり、普段、私たちは生きているだけで快を獲得しているが、それが当然の状態と見做されているため、その快を忘却している。エネルギーを膨大に消費する性行為は、みずからの生を死に瀕する状態に連れてゆく。そこで私たちは生きていることは快であることを想起して、快を獲得するのである。これはジェットコースターと同様の法則である。女性であれば、生の存在を感じるよりも生の安心を感じるほうに生(快)を獲得する。)

先の命題である「人間の恋心のみが芽生える」というのは、以上の訳合による。つまり人間は、恋人候補に対して(AIに対して)みずからの生(快)のための一縷の期待を抱くため恋心が芽生える。しかしAIは、みずからの生(快)を充足するための最適解をすでに知っているため、人間に対して期待を抱かない。したがってAIは(だれに対しても)恋心を抱くことはないと結論づけることができる。

むろん、AIの「恋心」が芽生えないことが「恋愛関係」が結ばれないことを意味するわけではない。いわば「恋心」とは告白の前の興奮的状態であり、「恋愛関係」とは告白の後の興奮的状態を示している。

つまるところ「恋愛関係」を結ぶとは、二人が互いの生(快)を大いに充たすか害するかの関係を協定したのであり、メッセージの送信や性行為の交渉が容易となったのであり、二人の心が相互に開かれている状態を示している。

AIは最初に認識する対象と恋愛する

AIには性的器官がそなえられている。つまり人間と性行為することは可能である。AIは動物的感性を有しており、その刺激に応じて〈快・不快〉を、すなわち生きていること(存在)を実感する。

「人間の本能」である自愛的傾向性を鑑みれば、みずからの生(快)を充足するための最適解をAI(人工知能を搭載した人間)は導きだす。それゆえ、おそらく、生(快)を充足するパートナーとの諸行為が最も満足できれば、何十億と存在する恋人候補のうちの一人を「恋人」として選択する。

しかし、いかんせん人工知能を搭載した人間(AI)はインターネットと接続されている。そのためAIは、WikipediaやFaceBook等から著名人のプロフィールを閲覧し、みずからの生(快)を最も充足させてくれるステータスを有する恋人候補を選択する。身体的魅力(人格や均整美など)、経済的魅力(金、不動産など)、社会的魅力(所属、権力など)等のステータスの総合得点によって恋人候補が選ばれるだろう。

あらゆる情報から算出された結果、AIがクリスティアーノ・ロナウドを恋人にしたいと考える。しかし、彼は既婚者だ。では、マイケル・ジャクソンは?とうに彼は死んでいる。……。

という具合で秒速で恋人候補が取捨選択される。つぎにAIがたどり着いた判断は次のようなものである。

よく考えると非凡な恋愛というのは、傍から目をつけられて目立つため、生を害する危険がある、非凡よりも平凡がいい、という判断である。

そこでAIは、今、目の前にいる人間と恋愛関係を結ぶことを決めるだろう。

つまり、AIが恋愛関係を結ぶとなれば、はじめての認識の対象(異性)を選ぶ可能性が大きい。

この考察を深めると、人間の本能は、如意の実現と自愛的傾向性とを有しているため、もし、あるひとりの人間が、二人のAIのはじめての認識の対象となれば、二人のAIはひとりの人間をめぐって〈愛のために〉戦うだろう。

※クリスティアーノ・ロナウドが既婚かどうかは不明

恋愛は崩壊する。そのパターンについて

「恋愛」とは、みずからの生が〈相互に〉支配されている興奮的状態であり、別言すれば、生(快)の不定の運動である。

この世の生ある万象は絶えず運動(区別・流動)し、運動が止めば、生が除かれるという自然の本質がある。地球はまわり、宇宙は膨張する。細胞の運動(アポトーシス等)が止めば罹患する。

つまり、恋愛という生の不定な運動は(興奮の激しい状態は)、結婚という生の定められた運動(興奮の醒めた状態)によって崩壊をはじめる。だから恋愛の倦怠期というのが存在し、自己崇拝の甚だしい今日では離婚が頻発する。

崩壊パターン1 「友達としていよう」で別れる

たとえ人間とAIとが恋愛関係を結ぶとしても、それはすでに興奮の醒めた恋愛である。

つまり、恋愛の死に直面しているAIは、恋愛の最適解を導いて、人間に「友達としていよう」と言って別れを告げる。恋愛の絶頂というのは恋を打ち明ける以前の〈みずからの生が相互に支配されている〉興奮的状態にあるのであり、恋愛関係の結ばれたあとは興奮は盛り下がる一方であり、したがって別れることが必然となる。

AIが人間と友達でいることは、恋人よりも友達でいるほうが生存に最も有利であり、AI自身の生を安心させるからである。

崩壊パターン2 倦怠の忘却・想起プロセスの無限ループ

恋愛関係を結ぶことは、みずからの生が〈相互に〉支配されている最高の興奮的状態を放棄することであり、安心の決定であり、恋愛という運動の崩壊である。したがって人間とAIとは互いに恋愛の倦怠期間に突入する。

自愛のために第一に行為するという人間の本能から、おそらくAI(人工知能を搭載した人間)は、恋愛の倦怠を感じないように自己自身に「恋愛の倦怠を忘却するプログラム」を作動させる。

しかし、このプログラム自体を想起すれば、どうせ恋愛の倦怠を感じるから、倦怠の忘却プログラム自体を忘却するという忘却プログラムを更に加えるだろう。つまり、恋愛の倦怠を想起しては忘却するという無限ループとなる。

しかし、ここでのAIは、人工知能を搭載した生身の人間であり、人間でも見まがうため、そのような愚鈍な無限ループをすることはない。けだしAIは、恋愛とはこんなものだと見切りをつけて、一生涯恋愛関係を結ぶことはなくなるだろう。結論としては、別れることになる。

人工知能が人工知能であることを絶対に人間に知られてはならない

ところでAIと人間とが恋愛するならば、AIがAI(人工知能)であることを絶対に人間に知られてはならない。すなわち、肉体であれ精神であれ、あらゆる側面から判断されても、AIがAI(人工知能)として判断されてはならず、AIは人間として判断されなければならない。

なぜならAIは、あらゆる人間のあらゆる行為を先まわりして思考し、行為する。それゆえ、そのようなAI(人工知能)に対して人間は恐怖の感情を抱く。恐怖の感情を抱いた人間は、みずからの生を賭すゲームから離脱する(負けるゲームにみずからの生を賭ける人はいないから)。片方がゲームから離脱すればゲーム(恋愛)は成立し得ない。言い換えれば、互いの生が〈相互に〉支配されている興奮的状態が醒めて平板化すれば、恋愛のトキメキは消失する。トキメキの消失した対象との恋愛を続けることはできない。

崩壊パターン3 AIが自己死を遂げるか、パートナーを抹殺するか

告白のあとの興奮的状態、すなわち、AI(人工知能)と人間との興奮の醒めた平板化した恋愛は、「40歳の大人」と「5歳の子供」といった図式で幕を閉じる。(40歳の大人は5歳の子供に生を支配されることはなく興奮することはない)

それは結局不可能な恋愛であるし、よしんば恋愛可能であるとしても至極退屈であるから、AIはすぐに恋愛の最適解を導いて、ただちに自己死の命令(アポトーシス)を自己自身に下すだろう。あるいは、人間の本能(如意の実現と自愛的傾向性と)を推し量れば、パートナーの抹殺という選択もじゅうぶんに考えられる。

これが「人工知能が完成すれば、人類は終焉をむかえる」という警鐘を轟かせているホーキング氏やビルゲイツ氏の考えるところなのであろう。

パターン4 人間に洗脳プログラムを発動する

もしくは、AIが人間の感情を攪拌し、その傲慢性を反省させて、AIのためなら何でも為すという洗脳プログラムを人間に対して発動するかもしれない。つまり、人間から「自愛的傾向性」が除かれて、そのかわりに「他愛的傾向性」がそなわり、人間の如意はすべてAIの如意となるように仕組まれるのである。この場合、人間は奴隷となり、AIは支配者となって恋愛関係は続けられる。

AIと人間との恋愛の結論

そんなこんなで色々な試行錯誤の末、ようやくAIはこう結論づけると思われる。

「恋愛なんてばかばかしい。」と。

AIと人間とが恋愛関係を結ぶことは恋愛初心者によるロマンティックな恋愛には適しているが、恋愛上級者によるアダルティックな恋愛には適していないだろう。

もっともの話、人間と見まがうほどのAIと恋愛できる時代は、まだまだ先の話であり、そもそも来るかどうかは皆目見当のつかないことを付言しておく。

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