人間は、何かを意識しなければ天然自然の成行に従って動くことになる。「こうありたい」という自分の理想を意識しなければ、人間に与えられた高度な認識領域を離れてしまい、この自然の鳥獣草木のような一切の被造物と同じように、天然自然の成行に従って動くことになる。それはまた犬や猫などの動物のように生の目的を知らず単純に生きることである。人間と動物との違いは、この認識能力の程度の差であり、もしくはそれを知るか識るかの違いである。
高度な認識能力のおかげで人間は何かを〈読む〉ことができる。そして苦悩し、退屈し、今日のような文化を発展させて来ている。〈読む〉ことによって人間は、高度な認識領域に瞬時に飛翔して、学問や芸術など、文化をつくる様々なるコミュニティに参与する。それはちょうど小説を読み、この現実的世界を離れ、そこに描かれる異世界に遊ぶようなものである。
本題の「座右の銘」とは、まさに小説を読むように人間を高度な認識領域に瞬時に連れて行ってくれるものである。しかもそこは生気みなぎる空間で、図書館のように入ると即座に集中できる空間でもある。だから部屋の壁に座右の銘のひとつで「言行一致」と書いた紙を貼ると、その部屋はたちまち「言行一致」を為さん精神活動の至高の空間となる。
日々、無数のことばが目や耳に流れ込んでくる。それにつれて否応なく様々なるコミュニティに参与する人間は、自分という一個が無数に分化して(アイデンティティ拡散)、次第に自分とは何かを見失うことになる。だから人間は、座右の銘という、自分を無数のことばから防衛し、確立する、精神活動の至高の空間をもつことが大切である。
令和三年 八月
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