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「すると」と「すれば」とのちがいについて

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【一】本を読むと、思考を変えることができる。

【ニ】しかし本を読まなければ、思考を変えられず、成長できないだろう。


 

【一】の文には「すると」の表現が、【ニ】の文には「すれば」の表現がある。「すると」と「すれば」とは何がちがうのか。これは単に作者が文意に強弱をつける修辞技法のためにあるものではない。また、韻文のための選択肢を増やすためにあるものでもない。

単純化していうと、「すると」と「すれば」との両者のちがいとは、表されることが「確定のこと」か「仮定のこと」か、というものである。【一】本を読むと、思考を変えることができる、とは、筆者の実体験から確定のことである。だから末語の表現を〈できる〉と断言している。いっぽう【ニ】本を読まなければ、成長できないだろうとは、筆者の実体験のほかのことで、つまり可能性としてそうであろうことであり、はっきり成長できないと断言できず、〈だろう〉と推量できるのみである。

ここで両者のちがいをより詳しくみてみよう。

 

「すると」と「すれば」との比較

 

〈すると〉と〈すれば〉とのちがい

 

その活用と品詞について

 

「すると」は、動詞の「する」の終止形と、接続助詞の「と」とに分けられる。前後の叙述をつなげる接続助詞の「と」には確定の順接の意味があるため、前の叙述を既成の事実として、後の叙述を断言することができる。

「すれば」は、動詞の「する」の仮定形と、接続助詞の「ば」とに分けられる。接続助詞の「ば」には仮定の順接の意味があるため、前の叙述をそうあるものとして仮定して(それを可能性として考えて)、後の叙述を推量することができる。

 

仮定形に「ば」を接続するなら、「するなら」に「ば」を接続するべきか?

 

ここで一つの疑問を思い浮かべるかもしれない。「する」の仮定形(すれ)に接続助詞の「ば」を接続するなら、「するなら」という表現にも「ば」を接続するべきだろうと。というのは「するなら」は、動詞の「する」の終止形と、助動詞の「だ」の仮定形(なら)とに分けられるからである。


助動詞の「だ」の活用

未然形連用形終止形連体形仮定形命令形
だろだっ

(な)なら

しかし、私たちは本を読むことを仮定するために「読む」の仮定形(読め)を用いて、本を読め、とはいわない。それはなぜなら、「本を読め」といえば、そのことを仮定しているのか命令しているのかを判読しがたいからである。

つまり助動詞の「だ」の仮定形(なら)を用いるときに、接続助詞の「ば」を接続しないのは、「だ」の仮定形と命令形とが重複していないから、というわけである。作者が「するなら」といえば、それを読者は仮定の意味に捉えるほかはない。

 

関連記事:「もし、なら」などの仮定法の多様な構文について

 

令和三年 三月

 

 

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