「とは何か?」と物事を問うときには、私たちは問うている物事についてのぼやけたイメージをすでにもっている。そうでなければ問うことはなく、あるいは無を問うことはできないはずである。
これまでに存在していなかった物事が、この世に明るみになり、次第に知られるようになり、そこで私たちは「とは何か?」と何かを思い出そうとするように物事を問うことができる。
さて、「とは何か?」という問いには二方向からの答えがあるようである。一方は「発見のプロセス」によって得られる答えであり、また一方は「創作のプロセス」によって得られる答えである。これは理系と文系という方法の相違なのかもしれない。本文では、この「とは何か?」の二方向からのプロセスを詳しく考えてみてみたい。
「とは何か?」の二面性|発見のプロセスと創作のプロセスと
一、発見のプロセス
たとえば「愛とは何か?」と問うときに、私たちは〈愛〉をそのほかのことばでいい換えることができる。愛とは〈人がいつくしむ合うきもち〉である、愛とは〈生あるものをかわいがり大事にするきもち〉である、愛とは〈悶々とした感情を抱くこと〉である、愛とは〈個人的な感情を超越した幸せを願う深く温かい心〉というように。この換言用法により愛の様相を多方面から照らし、明らかにして「愛とは何か?」の得心する答えを得るのである。この「得心する答え」というのは、それが普遍的社会的に、つまり〈世間一般に〉妥当するような答えである。
もう一つ例を挙げると、たとえば「マグカップとは何か?」と問う。マグカップとは〈食器のひとつであり、とっての付いた筒型の容器〉という答えを得るなら、なるほど、といい、その答えに私たちは得心する。しかしこの定義の「筒型」を「星型」にするなら、それは世間一般に妥当するような答えではないので、得心することはなくこれを訝しむことになる。
マグカップとは何かについての換言可能な表現や、世間一般に妥当するような答えを得ることによって、そこで「とは何か?」の一面性の発見のプロセスを終了することになる。
二、創作のプロセス
発見のプロセスによって得心する答えを得ると、今度は「とは何か?」のいまひとつの〈創作のプロセス〉を開始することになる。この創作のプロセスというのは、ある物事を様々な方向からーー人種的、学問的、宇宙的、実用的などの観点からーー照らすのではなく、いろいろに意味付けることである。
これはマグカップのような具体的なものを問うときのプロセスというよりは、愛や芸術のような抽象的で、観念的なことを問うときのプロセスだといえる。
創作のプロセスが可能である理由
私たちが「とは何か?」と物事を問うときには、または何かを言葉に表現するときには、他人からの同意を求めることを前提している。というのも私たちが生きるためには、他人の同意に基づく協力がなければならないからである。さもなければ肉体的暴力によって他人を従わせることになるであろう。
生きるためには他人の同意を得なければならない、そのためには言葉によって他人に納得してもらわなければならない、そして他人に納得してもらうためには他人の感情の好悪に合わせた定義(答え)を考えなければならない。しかし感情の好悪というのは一定であることはなく、常に流動していることである。だからこそ定義もまた常に流動することになる。したがって「創作のプロセス」によって他人の感情の好悪に合わせた定義を考えることの(新しく答えを導くことの)必然性が生じるのである。
この文系的な「創作のプロセス」というのが批評の付加価値となるのであろう。
「は何か?」と「とは何か?」とのちがい
ここで「とは何か?」と、これに似ている表現の「は何か?」との違いを明らかにしたい。
普通なら私たちは「文学は何か?」と問わず「文学とは何か?」と問う、または「本質とは何か」と問わず「本質は何か?」と問う。その違いは何であるのか。まず目につく違いとしては助詞の〈と〉の有無である。
〈と〉は「並立助詞」という助詞であり、辞書には《二つ以上の言葉を対等の関係で接続するのに用いられる。》とある。
つまり「本質とは何か」と問うときには、その〈本質〉と〈何〉とは用語の形式等価であって、本質を定数的に考えることになる。一方の「本質は何か」と問うときには、その〈本質〉と〈何〉とは内容等価であって、本質を変数的に(関数的に)考えることになる。
「文学は何か」と問うときには、文学という語が指示することは自明の前提となる。しかし「文学とは何か?」と問うときには、そうではなく、文学という語が指示することは不確実な存在となる。わかりやすく簡略化すると「これは何か?」と問うときには、これが指示することは自明で確実な存在である。しかし「これとは何か?」と問うときには、これが指示することは不明であり、その存在は不確実なのである。
令和三年 三月
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