洗練という語を辞書で引くと、その意味の第一には「詩歌・文章の表現を推敲して、よりよいものにすること」とあり、第ニには「人柄や趣味などを、あかぬけのした優雅・高尚なものにすること」とあります。洗練された作品、洗練された服装、洗練された空間など、と日常的につかう語であるため、なんなく洗練の意味をつかむことができます。しかし具体的に言って、洗練とは何か、つまり洗練の本質とは何でしょうか。
なぜそれを洗練されたものと判断したのか。洗練されたものとは、「あかぬけのした優雅・高尚なもの」かもしれませんが、それは全体どういう対象であるものか。なんとなくの感覚で、あるいは偏った見識で、芸術作品や服装や空間などを洗練されたと判断するのではなく、それが洗練されたものかどうかを客観的に見抜き、分類する、洗練の本質を解説します。
よくある「なぜそれが評価されるのか？」という素朴な疑問も、洗練の本質を見抜くことで解消されると思います。
洗練とは何か？
ある言葉の本質を見抜くためには、第一に、その語を分解するのが重要です。どの時代でも本質とは一定不変ですから、洗練という語の成立にあたり、その語に込められた意味を考えます。
「洗練」という語に込められた意味
洗練を〈洗〉と〈練〉とに分けて、それぞれの語の意味を考えます。
〈洗〉の氵（さんずい）は川の流れの形で、先は人の足の形です。〈洗〉という字には「水で洗い流す」という意味が込められていますが、その成立から言えば、食器や衣服を洗うことではなく、「人の足を洗う」ことです。
白川静『字通』の〈洗〉の項目には「古い時代には旅から帰ると、まず足を洗い清め、他の地で附著した邪気を祓う儀礼があった」とあります。
〈練〉の糸はそのまま糸で、東は新字体ですが「選別して入れた物」をあらわすふくろです。つまり〈練〉という字には「生糸などから雑物をとり除き良いものを選びとる」の意味があります。
『字通』の〈練〉の項目には「熱して糸を柔らかにすることをいう。そこから練習、練磨など、習練の意となる」とあります。
ここで「洗練」という語に込められた意味を整理しましょう。〈洗〉は「人の足を洗う（痕跡を消す）」、そして〈練〉は「生糸などから雑物をとり除き良いものを選ぶ」の意です。
世界的な洗練の意味｜洗練を英語で考える
しかし漢字に込められた意味だけでは、まだ洗練の本質を見抜くことはできません。漢字文化圏を超えたもっと広いところ、すなわち世界的視野から、洗練という語に込められた意味を考えます。ですから洗練を英語で考えます。
洗練という意味に相当する英語にはCultureやCivilaization、Polish、Sophistticate、Cosmopolitanなどがあります。これらの英語は、翻訳者が文脈に照らして洗練と訳した英語です。
Culture（耕された、文化）やPolish（磨く）には、すでに「よりよいものにする、生活する、発展する」という意味が含まれています。ところが、CivilaizationやCosmopolitanという英語に注目すると、「文明化」や「世界市民」という漢字からは想像の及ばないような意味を見つけることができます。
つまり英語をみると洗練には「文明化」や「世界市民」という意味もあるのです。わかりやすい後者の「世界市民」という意味と、「より良いものにすること」や「優雅・高尚なものにすること」という意味とを合わせると、洗練の本質を見抜くことができます。
洗練の本質について
先に述べた「世界市民」という語の意味を明らかにするためには、「市民と世界」または「個と全体」という関係をみる必要があります。それは結論から言えば、世界を人間のような一つの有機体として捉えることで、世界という有機体の恒常性を、体温や血糖値と同様に、維持しようと市民（個人）が活動するというものです。その市民の活動というのは市民の自由意志とは無関係であり、世界という一つの有機体の意志によって、個人個人の活動を世界の安定化に仕向けるようなものです。
これはユング心理学の「集合的無意識」と同様の考え方です。
つまり洗練という語に含まれる「世界市民」という意味に、「よりよいものにする」や「優雅・高尚なものにする」という意味とを合わせると、「個人の痕跡を残さない全体に調和するような活動」となるわけです。そしてこれが洗練の本質です。
洗練の図式｜粗野と洗練とのちがい
わかりやすく洗練の本質を図式化すると、
となります。
粗野な作品に特有の運動方向の外向きというのは、知性によるのではなく感性によってその存在を（個性を）主張するようなことです。奇を衒う発想や、自分の痕跡を残そうとするものほど、洗練からかけはなれた印象を受けます。
個人の痕跡を残さない全体に調和するようなものまたは活動を洗練されたものだと述べました。この「全体に調和するような」とは、ある時代に固有の「集合的観念（社会通念）」により決められます。集合的観念とは、あること（善悪や芸術や服装など）についての個人個人の十人十色の考え方を集めて構成される流動的なものです。ある時代の価値観がまた別のある時代のそれとはことなるように集合的観念は変容するものです。
それゆえ、ある作品が、過去に洗練されたものだと評価を受けても、現在の集合的観念に類似しないものであれば、粗野なものとなるわけです。
洗練された服装について
ファッションに例を求めれば、洗練された服装とは、個性を主張していない、日常生活で着てもおかしくはない、しかし美術作品のように配色と構図が構成されているため、自然ではあるが何か妙な感覚を受ける、そういうものです。
あるいは人目を惹かず知性による内的価値が含まれている、それが洗練された服装です。ファッション誌に掲載されるどの服装も知的に仕立てられるでしょうが、その存在はどうも目立っている。こういう服装の存在感は、しかしながら存在感の濃い空間に打ち消されます。街では水着を身につけると浮いてしまいますが、海では調和します。つまり洗練された服装とは、その空間（世界）に調和するもので、しかし知性による内的価値が含まれているので、妙な違和感を覚えるようなものとなるのです。
洗練された芸術は平凡に徹する
ある芸術作品を「洗練された」と形容するなら、その芸術は美しく装飾されておらず、かつ人々の日常生活に融和しているものです。
普通の目をもって芸術作品をみて、それに目を惹かれて止まないのであれば、その作品は洗練されてはいません。なぜなら洗練された作品というのは平凡に徹するからで、市民面して街中を悠々自適に歩くものだからです。
洗練された空間について
日本のみならず全国に共通の洗練された空間というものがあります。それは茶室です。むろん茶室というのは外国人からしてみれば日常になじみない浮いた空間でしょう。それでも茶室を洗練された空間と言うのは、茶室には「知性」と「内向性（茶は求心的自己の探求を題とする）」と、それから存在の「日和見性」という洗練の本質があるからです。
たしかに外国人にしてみれば茶室の存在感は濃いかもしれませんが、洗練の本質というのが「知性」と「内向性」と「存在の日和見性」である以上、外国人か日本人かを問わずして、世界のあらゆる空間に相対して茶室以上に洗練された空間は見つからず、それは非常に洗練されたものだと認められる。これを逆説でいってみれば、現代の「洗練された空間」に対する集合的観念に類似するのが茶室であるために、茶室を洗練された空間だと認めるのです。まず茶室があり次にそれが洗練された空間だと認めるのではなく、洗練された空間という観念がまずあって、次に茶室が出、集合的観念に類似するものだとして、茶室を洗練された空間だと認めるのです。
とある美術館で見たもので、豊臣秀吉が造らせた黄金の茶室が展示されていましたが、あれを洗練されたものと言う人はいないでしょう。あれを洗練された空間だと言うなら、私たちの日常的空間は今とは一変しているはずです。
洗練についての結論
一つの生命を思うと、私たちが洗練を求めるのは身の安全のためだと言えます。知性をもつ人間は、その知性を十分に発揮すると、なるべく身の危険のない中心地に向かいます。しかし知性を十分に発揮しないと、一過性の衝動つまり感性によって、その身を危険にさらす郊外へ出向かせます。芸術や服装においても、その知性を十分に発揮すると、個性を滅却し、世界という一つの有機体の活動に何らの影響を与えない静かな作品を生むものであるのです。そういうものが、真によりよいもので、あかぬけのした優雅・高尚なものでしょう。
令和三年 二月
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洗練の用例（goo辞書）
洗練の語源：白川静『字通』
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