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森鴎外『かのように』の要約と解説

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森鴎外の短編小説『かのように』は、明治天皇の崩御の年、明治四十五年に発表された。国史を生涯の事業として選んだ青年秀麿は、当時代の日本にとっての「歴史と神話」という分かち難い関係に頭を抱えている。洋行を経て、書を読み耽り、しかし事業に手つかずの秀麿は〈かのように〉考えるしかなかった。

物事の根底に何かがある〈かのように〉の哲学は秀麿(鴎外)の立場をそのまま説明してくれる愉快なものであった。

息子を天皇の藩屏にしてやりたい父の孝と、秀麿自身の性格や立場に縛られて事業に手をつけられないでいる、その葛藤の様子が細心に描かれる。

 

『かのように』の要約

 

歴史科を卒業した青年秀麿は、明治の日本にとっての「神話と歴史」という分かち難い関係をいかにして分けて考えるかに悩んでいる。学習院を卒業後、父の勧めで洋行した秀麿は、そこで見聞した内容を手紙につづり父に伝えることにする。

その手紙の内容をつづめれば、人々に「神話と歴史」とは異なることを認めさせ、しかし宗教の必要を認めさせるには、おそろしい前途を覚悟しなければならない、ということである。

手紙を読んだ秀麿の父は息子の趣意を理解して、みずからも「神話と歴史」という分かち難い関係とそれを分けた後の人々の生活について思索に耽るのであった。

洋行を終えた秀麿は、事業に着手する方法として〈かのように〉考えることを同期の綾小路に話す。しかし秀麿は〈かのように〉考えることもできずにいる。

 

外部リンク:青空文庫、森鴎外『かのように』

 

『かのように』の解説

 

〈神話と歴史〉その違いは何かと問われれば「神話は虚構であり、歴史は事実である」と私たち現代人は端的に答えることができる。

『かのように』の著された鴎外の時代、明治人が両者を分けて考えることは、日本の天皇崇拝をはじめ人々の抱くあらゆる信仰の姿をまるで裸にする意味をもっていた。天皇に対する崇拝ぶりは後代の大戦の詔書に歴然としている。

物語では秀麿の父は、息子を皇室の藩屏はんぺい(守護人)として働くにふさわしい見識を身につけさせるために息子を洋行させた。秀麿は生涯の事業として国史を選んだが、事業に真面目に着手するならば「神話と歴史」とは分離するべきであり、しかしそれは天皇制の基盤を揺るがすゆえに、洋行をさせてくれた父の御恩を仇で返してしまう。もしまた事業に不真面目に着手するならば、それは秀麿の性格に反することになる。

 

〈かのように〉という時代制約

 

身動きのとれない秀麿が事業に手をつけるには、無いものを有る〈かのように〉考えることが唯一の方法である。物事の根底に何かがある〈かのように〉の哲学は秀麿(鴎外)の立場をそのまま説明してくれる愉快なものである。点と線とは私たちの目にもたらされなければ存在しない。義務は存在しない。まさに何かがある〈かのように〉考えなくては幾何学も社会も成り立たない。

たしかに、点(原子)や義務といった類のものは無いものを有る〈かのように〉考えなければならない。原子は不確定であり、義務は具体物ではない。しかしそれらは現行の体制を揺るがす〈かのように〉の一面にすぎない。明治の時代制約が秀麿(鴎外)をして〈かのように〉の別面を開示させないでいる。

 

〈芸術や学問や宗教は〈かのように〉を土台として発展している〉と秀麿(鴎外)は述べていた。「宗教」ひとつとっても無いものを有る〈かのように〉考えることでどうして何千年も人々に受け継がれることができるのか。そこに何もなければ、何千年も受け継がれることはないだろう。宗教であれ学問であれ、その根底にあるのは厳密な意味においての「自由と平等」であり、それは天皇を精神的支柱とする明治人の信仰を根底から揺るがすのみならず、日本の文化や徳目をことごとく破壊する暗澹たる前途を示唆している。事実、それらは破壊されることになり、明治から昭和、いや現在の令和にわたり日本は普請中である。

 

秀麿の手紙の内容|ドイツの強みについて

 

「宗教の必要を認めている、それがドイツの強みである」と秀麿は手紙に書いている。それはつまり信仰の姿が裸にされた後にドイツの民衆は宗教の必要を理解した、ということである。

ここにドイツと日本との根本的な違いがある。それは民衆が根底に怪物を見て宗教を信仰しているのか、あるいは根底に怪物を見ずして宗教(神話)を信仰しているのかの違いである。日本は根底に怪物を見ずして、民衆のなかに素晴らしい道徳(宗教)が築き上げられた。しかしその構築物とは空中楼閣であり、それが浮いていると知った途端に、楼閣は浮力を失い崩れ落ちるのである。

 

秀麿の手紙を読んで父が思ったことは、このすばらしい日本の楼閣が消失することに対する危惧の念である。この楼閣は今また再び空中に浮かんでいるのではあるまいかと私は思っている。

 

令和二年 十一月

 

 

 

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