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「コミュ障」を解消するためにカフェに行く!

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長らく人とまともに話し合わなければコミュニケーション能力(ここでは会話術と身体言語とを含意する)が退化する。

孤独の御人があふれる現代社会では、この傾向はいっそう顕著ではないだろうか。コミュニケーション能力の退化は、俗称では「コミュ障」とよばれ、私生活を安定させる基盤をもろく、やわらかく、不安定化させることを意味する。

私生活を安定させる基盤が不安定な人、すなわち「コミュ障」の人は、本能により安定した基盤(安心)を求める人から怪しまれ避けられ、社会的な疎外を強いられる。よりいっそう「コミュ障」が深刻化するのである。

コミュニケーションによって社会を安定化させている人間からコミュニケーション能力が欠落すれば、社会の不安定化(無法地帯)は避けられない。社会にうまく参加できずに私生活が脅かされるのも避けられない。つまるところコミュニケーション能力の欠落とは個人のみならず公共の問題にも大いに関わるのである。

本題。「コミュ障」を解消し、私生活に安定した基盤をもたらす方法は実にかんたんであった。それはカフェに通うことだった。カフェで他人の会話を盗み見て聞いて学ぶことであった。

 

カフェとは、会話を学べる学校である|コミュニケーション能力専門校!

コミュ障を解消するならカフェにいくこと

 

スタバ、ドトール、タリーズ、等々、カフェに通う年齢層は実に幅が広い。その表層は生まれたての0歳児(ママを連れて)、中間層は16歳前後の中高生から大学生、30代40代の社会人、そして深層はもうじき逝かれる80代後半の高齢者。

まさに老若男女がカフェに通い、そこではさまざまな話題がとびかう。

ママ友たちは「子供の学校生活」を、学生ならば「色恋沙汰」あるいは歯がゆい「ビジネス会話」を、社会人ならば「仕事ないし経済」を、高齢者ならば「社会批判」を、おのおの慌ただしくあるいはのんきに話している。

さまざまな話題がとびかうカフェは、いわばコミュニケーション能力を学べる学校である。授業料として一杯のコーヒーを購入するのは安い買いものであろう。しかもコーヒー(カフェイン)は頭を冴えさせる効果がある。つまりカフェでは乾いたスポンジのようにしたたる会話の情報を吸いとれるのである。

 

コミュニケーションに必要な「慣れ」

 

「コミュ障」を解消するならば、コミュニケーションに「慣れ」なければならない。「慣れ」が足りなければ当然ながらコミュニケーション能力は覚えられない。身につかない。「コミュ障」は解消されない。

コミュニケーションに慣れるには膨大な量の「コミュニケーションにおける実践的情報」を吸収する必要がある。「コミュニケーションにおける実践的情報」というのは、ふつうに行われる会話の「切り出し方」や「応答方法」、「身ぶり手ぶり」等を意味している。

コミュニケーションに慣れること、あるいは「コミュ障」を解消すること、それはさながら異国で生活をはじめて異文化を吸収し、その地にだんだんに住み慣れるような感覚である。

そのように「コミュ障」を解消する方法としては、カフェに通い他人の会話を盗み見て聞くことが一等よいのである。

 

コミュニケーションの学習から行動へ

 

カフェというコミュニケーション専門校で学習することは、いいかえれば、コミュニケーションの座学を知ったにすぎない。たしかに何かを知っていれば無意識的な反応があるため、何らかの影響はあるかもしれない。しかしカフェでは間接的に安全地帯においてコミュニケーションを学んだにすぎないのである。直接的に戦闘地帯においてコミュニケーションを身につけるのとは全然事情がちがうのである。学習した内容を行動に移して「コミュ障」を解消するならば、願わくは正体不明な見知らぬ人と…..ナンパがいいかもしれない。

 

「コミュ障」の「ぎこちない笑顔」

 

超優等生の私より十歳上の先輩、おそらく彼は「コミュ障」であった。しかし「コミュ障」をまるで感じさせなかった。なぜ私が彼を「コミュ障」であると判断するのかは、彼の「ぎこちない笑顔」に由来する。

まるで「コミュ障」を感じさせない洗練された笑顔ではあるのだが、私の過去に培われた判断力が彼の笑顔から微妙な「ぎこちなさ」を感取して、彼が「コミュ障」であることを覚らせた。

おそらく、座学を身につけて、それを実践しても、微妙な「ぎこちなさ」が意識上の行為に露呈して、何かあやしい印象を与えてしまう。それは避けられない。つまり、つくり笑顔はバレてしまうのである。

 

「コミュ障」が深刻化した場合

 

個人の「コミュ障」が深刻化したならば、その個人と社会との交際は途絶える。社会との交際が途絶えれば次なる社会の復帰はおそらく不可能であろう。

「コミュ障」の御人が社会を恐れるか厭うかする心情は十二分承知している。それでも今日、個人のみならず社会の基盤を安定化するために、われわれは「コミュ障」を解消する必要に駆られている。

「ぎこちなさ」はあやしい印象を与えてしまうにちがいない、けれども何も包み隠さない方法を採用して社会と交際するよりは、むしろ「ぎこちない」コミュニケーションによる交際がまだマシであろう。

カフェに通い、コミュニケーションにおける実践的情報をたくさん吸収すれば、「コミュ障」の解消がはかどり、常識的なコミュニケーション能力は身につく、それを思って一人私はカフェに行く。

 

令和二年 七月

 

 

 

 

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