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トーマス・マン|『ヴェニスに死す』の要約と感想

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ノーベル賞作家であるトーマス・マンの円熟期につくられた『ヴェニスに死す』(1912年)は、マンの自叙伝的小説である。過去作『トーニオ・クレーガー』(1903年)と主題は似ており、社会における芸術家の役割が、物語の主人公アッシェンバッハの放浪旅行と旅先の美少年との出会いに描かれる。

 

『ヴェニスに死す』の要約

 

五十歳の高名な作家グスターフ・アッシェンバッハは、遠い散歩の帰りに市電の停留所で、放浪者めいた男を見かける。男のふしぎな印象はアッシェンバッハの旅行欲を唆かし、かれをミュンヘンからヴェニスへと向かわせる。

 

宿泊するヴェニスの海水浴ホテルでは、これまでに見たことなく完成された十四歳の美少年タドジオを見ることでアッシェンバッハの好奇心はおどりくるう。美少年により触発される感覚的な美と、そのころヴェニスで蔓延する感染病とが重なって、アッシェンバッハは旅に立つ。

 

『ヴェニスに死す』の感想

 

トーマス・マンが作品にとりかかる心的態度が示唆されている本文中の一節をいかに引用したい。

 

 

アッシェンバッハのすきなことばは、「終わりまでもちこたえる」ことで、かれはフリードリヒ大王を書いた小説の中で、苦しみながら活動する美徳の真髄と思われた、この命令のことばの賛美以外の何ものをも見ていなかった。

 

 

終わりまでもちこたえることは、苦しみながら活動する美徳の真髄と思われたという一説に、私は思わずして共感を得た。

 

もちろん、終わりまでもちこたえることは、恐怖から目を背け、問題を先延ばし、みずからの安心の最大化をはかる逡巡であることは、言わずと知れたことである。しかしこれがかれの美徳なのだ。かれの天性であり、生まれつき善意で親切なものの宿命なのである。なにはともあれ私はこの一節に共感したのだ。

 

共感という悔恨

 

しかしすぐに理性が頭をもたげてきて私に悔恨の念を抱かしめた。

共感というのはいったい何か?それは端的にいえば私の苦悩の経験を、他者が経験することである。あるいは、ある題材について語ること、語ることそれ自体に快を感じることを共感と錯覚するかである。あるいは安心圏の拡大ともいっていい。

 

 

人々はどうして自分たちが一つの芸術作品を賞めそやすかを知らない。その人たちは専門的知識とは縁遠く、その作品にたくさんの長所を見出すと信じて、自分たちの多くの関心を弁護している。

けれどももともとその人たちの賛成の理由は、何かはかり知れないもの、つまり共感である。

 

 

社会における芸術家の役割とは何か?

 

以下の一節はマンがアッシェンバッハに語らせる述懐の引用である。

 

深淵へ向かって改めることのできない自然の傾向をもって生まれついたものが、どうして教育者として役に立とう?

 

 

社会における芸術家の役割を考えるとき、その役割は一般の教育者の役割とは対立するのではないか。一般の教育者の役割とは、おそらく生徒が目指してやまない深淵を阻止することにあるか、あるいは深淵にある真理を誤認させるか、つまるところ目指す方向とは反対に生徒を進行させることである。

 

ひるがえって、社会における芸術家の役割というのは、深淵にある真理をかれらの作中にほのめかし、認識能力に優れた生徒へゆるやかに知らしめることにある。

 

マンの円熟された文体について

 

 

……後年には文体は直接的な大胆なところや、こまやかで新しい陰影がなくなり、模範的に固定したもの、みがきのかかった伝統的なもの、保存的なもの、形式的なもの、型どおりのものにさえ変わっていった。

 

 

『トーニオ・クレーガー』の述懐では、マンは月なみなもの、型どおりのもの、つまり紋切型表現には我慢ならないと述べているが、それが十年経つと逆転し、文体は伝統的、保存的、型式的、型どおりのものに変わったようである。

 

たしかにいわれてみれば、本作『ヴェニスに死す』よりも『トーニオ・クレーガー』のほうが格言風の断定表現が、それも冒険された表現が目立っていた気がする。

 

令和二年 六月

 

 

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