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岡本かの子|『家霊』の要約と解説

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東京の山の手にある「いのち」というどじょう店には、たびたび徳永老人という彫金師がどじょう汁をねだりに顔を見せる。

店の帳簿を任されている女将の娘、くめ子、店の一行は、百円以上も店のツケで無銭飲食を続けている徳永老人に対して、入金を督促とくそくする。

 

入金の督促を免れるべく、なんとかどじょう汁にありつきたい徳永老人は、ことば巧みに弁解を展開し、店の一行をけむに巻く。

どじょう店を基点として〈家霊〉の聖性について語られる岡本かの子の代表的作品を以下、解説したい。

 

岡本かの子|『家霊』の解説

 

1939年(昭和十四年)に雑誌「新潮」に掲載された『家霊』は岡本かの子による晩年の短編小説。そもそも〈家霊〉とは何か?

 

グーテンベルク21の『岡本かの子 名作集』によれば

 

〈家霊〉とは、いくだいも積もった父祖の亡霊の願いのことだ。ここの人間は、今生で何かしら見果てぬ夢を胸のそこに残してほろびてゆく。

その彼岸や無念は、長い年月のあいだに積もり積もってその家の呪縛となる。この家霊は、血統を通じてなんらかの形で子孫にのしかかってくる。

 

 

『家霊』の本文を引用するならば、くめ子の家系にのしかかる〈家霊〉とは「宿命に忍従しようとする不安でたくましい勇気」と「救いを信ずる寂しく敬虔な気持」とを示している。

 

簡潔にいえば、ある「勇気」とある「気持」とによる先祖の見果てぬ願い、夢、無念が、くめ子の家系に代々のしかかる〈家霊〉である。

 

では、そのような「勇気」と「気持」とは具体的になにを示しているのか?くめ子の家系は、なにに「忍び従って」、どのような「救いを信ずる」のだろうか?

 

まず念頭におかなければならないことは、くめ子の性格は厭世を帯びているということである。それはくめ子の発言からも明らかだろう。《この洞窟のような家は嫌で嫌で仕方がなかった。人世の老耄者ろうもうしゃ、精力の消費者の食餌療法をするような家の職業には堪えられなかった》

 

「宿命に忍従しようとする不安でたくましい勇気」とは、物語においては、くめ子が不承不承にどじょう店の帳簿係を継ぐことである。

また、「救いを信ずる寂しく敬虔な気持」とは、くめ子の厭世の原因を払拭するような、なにかを待望する気持を示している。

 

かかる後者の「救い」というのが、待望するなにか、すなわち〈いのち〉として登場する。

 

くめ子の母(女将)は、くめ子にむかっていう。《この家は、おかみさんになるものは代々亭主に放蕩されるんだがね。あたしのお母さんも、それからお祖母さんもさ。…… だが、そこをじっと辛抱してお帳場に噛じりついていると、どうにか暖簾もかけ続けて行けるし、それとまた妙なもので、誰か、〈いのち〉を籠めて慰めて呉れるものが出来るんだね。お母さんにもそれがあったし、お祖母さんにもそれがあった。》

 

そして徳永老人の〈いのち〉をこめて彫ったというかんざしをくめ子にみせて、くめ子の母は無垢の含み笑いをみせる。

 

この文意から読みとれるのは、くめ子が、どじょう店の帳簿係を継いで忍従し、救いを信じて待てば、徳永老人のようなものから〈いのち〉が込められる贈りものが得られ、それが救いであり、家系に代々つたわる〈家霊〉という聖性である、ということだろう。

 

しかし、岡本かの子が説いている〈いのち〉の意図はそうではない。

岡本かの子が『家霊』にて説いている〈いのち〉というのは、くめ子や女将の、また現代青年の、さらには私たちの厭世病を払拭する、なにか人間世界に普遍に妥当する法則を根底から捻じ曲げるような救いの〈いのち〉であり、黎明に対しての執拗な追求性を与えてくれる浪漫的・希望的な救いの〈いのち〉なのである。

 

人間世界に普遍に妥当する法則というのは、決定的な法則であり、わずかなものだけが認識可能な法則であり、悪魔の法則である。それゆえ、そのような法則を知った現代青年は〈いのち〉という文字から、ある一つのショックを与えられるようになったのである。

 

くめ子は今後とも帳簿係としてどじょう店で座り続けるだろうが、はたして救いの〈いのち〉はやって来るだろうか?

くめ子の、私たちの救いを信じる気持は、ついに見果てぬ夢、無念となって〈家霊〉と化して、やはりくめ子以下の家系に、私たちの後代に続いてゆくのだろうか。

 

 

令和二年 六月

 

朗読で聴く、岡本かの子『家霊』

 

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