『だまされた女』(原題:Die Betrogene, 1953年発表)はトーマス・マンが77歳のときに執筆をはじめ翌年に完成させた短編小説である。〈芸術家的性格〉と〈市民的性格〉との対立構造が娘のアンナと母のロザーリエに描かかれる。両性格の相克が主題とされる『トーニオ・クレーガー』(1903年)よりも高度に洗練された老年の熟練が発揮される。
トーマス・マン|『だまされた女』の要約
フォン・テュムラー夫人ことロザーリエは熱心な自然愛好家であり、娘のアンナ、息子のエードゥアルトとともに十年以上もやもめ暮らしを続けている。
まもなく三十歳に手の届く娘のアンナは画家であり、彼女の〈芸術家的性格〉は母ロザーリエの〈市民的性格〉とぶつかりあい、ときに二人の間には温かい議論が交わされる。
子を産む力がなくなる五十歳、女の停年を迎える母のロザーリエは、息子のエードゥアルトの英会話相手である二十四歳のケン・キートンの自然な無邪気さに惹かれる。
程なくして母のロザーリエは子を孕むことになるが、五十歳の身体はこれを容認せずにロザーリエに終末を宣告する。
トーマス・マン|『だまされた女』の感想
標題は『だまされた女』であり、物語の主人格として二人の女性(母のロザーリエ、娘のアンナ)が登場する。二人の性格は何か対立しているように思われる。母のロザーリエの性格は市民的あるいは自然的と、娘のアンナの性格は芸術家的と形容される。母か娘か、どちらが〈だまされた女〉であるのか、二人の議論を吟味すれば分かりそうだが、その決定は読者に委ねられる。
市民的性格とは何か?
トーマス・マンの小説では〈市民対芸術家〉の対立構造がしばし見られる。市民とはいったいだれか。何をもってして性格が〈市民的〉と形容されるのか。
確かなことは市民とは〈芸術家〉とは一見して対立する性格であることである。芸術家的性格のアンナが述べる皮肉や厭世などの絶望を抱かずに、楽天的立場にあり希望を抱いているのが市民であるといっていい。
簡潔にいえば、市民は希望を、芸術家は絶望を、めいめい抱いているのである。
アンナの芸術家的性格
世間並みの感情が自分の中にもあるということを自分の五感を通して認めなければならないということが、アンナの恥ずべき苦しみになった。
「世間並みの感情がある」それ自体を認めざるをえないことが恥ずべき苦しみになる。世間並の感情があることに対してアンナは何やらうしろめたい苦しさがあるようだ。
母「ああ、ほんとに、はじめてあれが止まったとき、どんなに驚いて嬉しかったことでしょう、三十年も前よ!それがあなただったの、ね、おまえ、あなたという祝福を受けたのよ。」
娘「ねえ 、ママ 、お願い 、そんなライン訛りはやめて 。今はなにかいらいらするの 」
女性にまつわる神聖な苦痛のよろこびを語る母のロザーリエ。アンナがいらいらしているのはつきのものに加えて母が御産をよろこびと感じるからであろう。アンナは、おそらくこの世に産まれて来たくはなかった。厭世病を患っているのではないだろうか。
「芸術家であるわたしが、変わり種だけれど、このわたしも別な意味で、解放やら道徳的堕落を利用するには不適格なの」
かかるナンナの発言にはマンの芸術家としての自尊心が潜伏している。それはすなわち自然に開き直り、それを弄する退廃的態度によって世界を生きること、日本の太宰治的な、大衆作家的な性格には不適格であるマンの自尊心である。
ロザーリエの市民的性格
娘のアンナの皮肉や厭世に対して、母のロザーリエは希望をもって受け答える。すべての問題を彼女の考える自然の善意あるいは恩寵に結びつけて結論づける。
臨終の床でロザーリエは《死はわたしに復活と愛の喜びの姿を貸してくれたのだから、それは偽りではなく、善意と恩寵だったのですよ》と娘にいう。この世に生まれた原因は、生活や愛を苦悩するためではなく、これを喜ぶためであると考える。
しかし、あらゆる生活をたやすく喜べたのなら、芸術家は今すぐにでも喜んでいることだろう。芸術家のアンナとても苦しみを避けて喜びを求めている。何かがアンナをいたたまらずさせるのである。
だまされた女はだれか?
結局のところ自然に〈だまされた女〉というのは娘のアンナであったのかもしれない。この世に産まれて、自然に喜びの感情を搾取され、絶望の世界に生かされた女は可哀想だろう。
自然にだまされた女(マン)が反自然的と思われる態度をとるのは無理からぬ話である。ここで自然というのは、人に無理矢理に定められた世界(観)のことを示している。
あるいは〈だまされた女〉というのは、ケン・キートンによって子を孕ませられ屠られた五十歳に手の届く母のロザーリエであったかもしれない。
令和二年 六月
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