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選ぶ・撰ぶ・択ぶ(擇ぶ)・揀ぶのちがいについて|どれをえらぶべきか?

この記事は約4分で読めます。

 

複数あるものから何かをえらぶという意味の〈えらぶ〉という字は一般に、行部の〈選ぶ〉である。一般に通用するのは行部の〈選ぶ〉であるけれども、どのような文脈にも道に関する彳部をえらぶのは大雑把であろう。書店で本を〈えらぶ〉ときに行部の〈選ぶ〉を用いるのは誤りではない。とはいえ、ことばに対する繊細な感覚のもち主なら、手偏の〈撰ぶ〉か〈揀ぶ〉か〈択ぶ〉かのどれかをえらびたいところである。そして、より繊細で鋭敏な感覚のもち主は、その字の源泉に遡り、そこから現代に通用する字を汲んでくるであろう。

ことばに対するこうしたこまやかな感覚は、その人の内面性その奥ゆかしさを育むことになる。なぜなら人間存在を根本的に規定するのは行動と思考とであり、その基となるものは十中八九、ことばなのであるから。大雑把なことばによる生活では人間は、その中身は空っぽに、杜撰ずさんになってしまうのである。(私とはおそらくこうしたことばの過ぎ去るものであろう。)人間の内面性、その奥ゆかしさを育むためにも、ここでは〈えらぶ〉という四つの字について記すことにしたい。

 

選・撰・揀・択・擇について

 

先に記したとおり、複数あるものから何かをえらぶという意味の〈えらぶ〉は一般に、行部の〈選ぶ〉である。一般性が求められる社会において、手偏の〈択ぶ〉や〈揀ぶ〉という字を用いるなら何かあやしい人に思われてしまう。

一般に通用することばは、まさにそれが一般に通用するゆえに画一的である。人間存在がほとんどことばで規定せられるのなら、一般に通用することばで語っているものはそのまま世間一般の性質に染まることになる。あるいはこれは、すばらしいことなのかもしれないけれども。

 

選ぶ・撰ぶ

人間を真に個性的たらしめるのは表現の豊かさであろうから、美しい、絵画のような個性的な存在となるには表現の豊かさが求められる。表現の豊かさとは、ことばに限っていうなら、この現実というキャンバスに絵を描く、絵師の画力のようなものである。

〈えらぶ〉という意味の字はここに載せるものだけでも四つある。それぞれに異なる特色があるようなので、それぞれの字の歴史を遍歴し、それぞれの字の特色をみてみたい。手偏の「撰ぶ」と行部の「選ぶ」について、漢字研究の大家、白川静さんの『字通』にはこう書いてある。

 

巽は神前の舞台で、二人並んで揃い舞をする形。これを神に献ずることを撰という。『説文』に「遣はすなり」と、選と遣の畳韻じょういんを以て訓するが、撰・選は神に対する行為であり、神に供えることを饌という。『詩、斎風、猗嗟いさ』「舞へば則ち選う」とは舞いそろうさま。それより、すぐれる、えらぶなどの意となる。

白川静『字通』「選」

※畳韻は漢字二字から成る熟語で、同じ母音の文字を二つ組みあわせて作ったもの。辟易、艱難など。

〈選〉も〈撰〉もどちらも神に対する行為、その意味であるなら、文脈に沿って、それぞれの字がつかわれている古典、文献に遡って祖述するほうがいい。「なぜ祖述するほうがいいのか?」については詳しくは別の記事に書くことにするけれども、それはつまりこの有機体的社会が古典を求む向きがあるようだからである。

 

揀ぶ

 

声符はかん。『広雅、釈詁一』に「擇ぶなり」とあり、よりわけることをいう。

白川静『字通』「揀」

はふくろの象形である。ここにものを出し入れするから(よいものを)えらぶの意味。何かを主観的に、自分の好みに従ってえらぶときに用いる表現といえる。

 

択ぶ(擇ぶ)

 

旧字は擇に作り、えき声。睪にたくの声がある。擇は獣屍が風雨にさらされて、その形が殬解とかいしくずれている形。暴されてばらばらとなった形は暴、色がぬけて白くなった形は皋(皐)、くずれている形は睪である。そのうち用うべきところをえらびとるので、殬・鐸・擇・繹の字は睪に従う。『説文』に「柬び選ぶなり」【とある】。

白川静『字通』「択」

色がぬけて白くなった形は皐とある。これは『論語』にみえる「巧言令色、鮮なし仁」に関係がありそうである。それと『詩経、鄭風ていふう』に「風雨凄凄たり、鶏鳥喈喈かいかいたり」とあり、風雨は世間の荒々しさを象徴しているように思われる。そのなかで切磋琢磨、摩するがごとく琢するがごとく磋するがごとく切するがごとく仕上げられたものを〈択ぶ〉ときに用いる表現といえる。

※喈喈はおそれてさわがしく鳴く

 

おわりに

 

一人一人の人間が芸術作品のようであるならば、その作品の美しさとはそれは一つのことに専心する冷徹な熱意であろうか。その熱意で、ことばによって、無色透明な現実を裁断し、鮮やかに色づけし、この世界を美しく描くなら、それはそのまま一人の人間の内面の奥ゆかしさ、美しさとなると思われる。

 

令和三年 九月


 

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