笑の字源をしらべると、こう書いてあったーー笑は〈巫女が手をあげ、首を傾けて舞う形。神意をやわらげるために「笑いえらぐ」動作をすることをいう〉。
これを読んで、笑いえらぐの「えらぐ」とはなんだろうかと思った。「えらぐ」とは、古今の辞書をあたったが、見つからない。むろんネットにはなかった。そこで、この「えらぐ」という語の意味についての一説を試みた。
先に結論を書くと、「えらぐ」とは、神意など何かをやわらげるために、適しいかたちで、非常な言動によって訴えることをいう。
以下、その結論にいたる過程である。
えら
まず、「えらぐ」の音節を「えら」と「ぐ」とに分けてみる。
「えら」という訓は、「鰓」「偉」「選」の字に当てられる。これは国語の「えら」という語感が、上の三つの漢字に対応するだろうという見解である。
人偏の「偉」は「えら」を語幹として、「すぐれて」「立派である」「程度のはなはだしいこと」の意である。また「偉」の字は、「人と違う」、「ことなる」の意である。
辵の「選」も「えら」を語幹として、「対象から相対的にすぐれたものを抽出する」の意をあらわす。
魚偏の「鰓」は、魚類・両生類などの呼吸器官である。人のあごを魚の「えら」にみたてて「鰓が過ぎる」と用いられる。これは大きな口をきく意であるが、口という重要な箇所をしめしている。
これら三字より「えら」という語は、人と違った、立派な、すぐれた、程度のはなはだしい、重要な、を意味すると思われる。
ぐ
さて、「ぐ」の語である。
「ぐ」を語系列でみると、具(倶、颶)、呉(虞)、禺(愚)の三種ある。
「具」は犠牲などの具備する意。
「呉」は祝禱の器(ᆸ)を捧げて舞い祈る形。神を楽しませ、神意をやわらげることをいう。
「禺」は頭部の大きな虫の形、蛇形のものが相交わる形であったという。
これより、「ぐ」とは、常軌を逸した、非日常的な言動を意味すると思われる。
えら+ぐ
上記の次第であるから、えら+ぐは、立派な、すぐれた(重要な)ところを前提として、神意に適しいかたちで、非常な言動をすることをいうのである。
えらくの転音か
金田一京助編纂『辞海』に「えらく」が「笑い楽しむ」とあり、また「えらしの連用形。非常に。なみはずれて」とある。おそらく、「えらく」の転音、濁音化されたものが「えらぐ」なのであろう。
まとめると、笑いえらぐとは、神意など(避けられない天災)をやわらげるために、適しいかたちで、常軌を逸して舞い(わらい)訴えることである。
苦悩をやわらげるには笑うことである。
令和五年 二月
関連するもの:
- 『辞海』金田一京助 編
- 『古典基礎語辞典』大野晋 編
- 『字訓』『字通』白川静
- 『国語大辞典言泉』林大 監修
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