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「ヤバイ」とは何か?「ヤバイ」を指摘する人はヤバイのか?

「ヤバイ」とは感情を表現するための流行的な俗語である。「ヤバイ」という言葉は、大抵の場合、興奮的な感情の状態を示しており、状況によって「ヤバイ」の興奮的な意味合いは変わる。「ヤバイ」の意味が、舌がとろけるほどにおいしいを示す場合もあれば、心臓が飛び出るほどに驚いたを示す場合もある。その意味は仲間内だけに伝わるために「ヤバイ」は親交を深める効果を有する。

40代を超える年輩者のひとたちは至極「ヤバイ」という言葉を忌み嫌っている。

その理由は「ヤバイ」が意味する表現の抽象度が高く、様々な心情の表現に適用できるからであり、「ヤバイ」が人間に固有の「表現力」を狭めるからである。

また「ヤバイ」は比して若輩者じゃくはいしゃの使用率が高く、それゆえの年輩者からの「嫉妬」や「蔑視」などの不快の感情も忌み嫌われる理由のひとつとして考えられる。

抽象度の高い言葉の「ヤバイ」が表現の幅を狭めることは理にかなっている。とかく思考を働かせずに感情が前面に現れるからである。

「ヤバイ」は、推察力や表現力を強化して、感情を共有するのに役に立つ

だが「ヤバイ」とは畢竟ひっきょうするに、「ヤバイ」という表現を感受する側の「推察力」や「表現力」が試される言葉ではないか。

なぜなら「ヤバイ」の意味する内容はコンテキストにより変幻自在に変容するからだ。もちろんここで指す「ヤバイ」とは口語である。

たとえば「ヤバイ」が「舌がとろけるほどに美味しい」を意味することもあれば、「心臓が飛び出そうなほどに驚く」を意味することもある。

また口語において「ヤバイ」とは物事の最も本質を突く表現であり、感情を共有するために最も役に立つ表現でもある。

なぜなら「おいしい」という味覚による快の感覚は、ただ「おいしい」の一言に、一言を必要とせずに「おいしい」と感じるのであり、言葉にできないからである。

「ヤバイ」という一言が、一万の字数を代弁する

現実の時間の制約からも、たとえ一万の字数を必要とする料理においても、飲食人の「ヤバイ」という一秒で言い終わる一言によって、かわりに一万の字数を代弁するのである。

だから飲食人から発せられる「ヤバイ」という一言から、優秀な料理人はこう感じる。

「かれは理性を放棄するほどに感じているな。かれはこの種の料理は苦手だったはずだぞ。なぜ理性を放棄するほどに《おいしい》と感じて完食できたのか?そうか!あのスパイスの調和の結果かもしれない。然るに私(料理人)はかれの未知の領域を開拓できたのか……さらにつづく」というように。

すなわち「ヤバイ」とは、「ヤバイ」という言葉を感受する側の「推察力」や「表現力」を試す言葉であり、あるいは強化する言葉なのである。

それゆえに「ヤバイ」を一辺倒に「悪」とするのは感受する側の狭隘な表現力による偏見であろう。

「ヤバイ」を感受する側は、「ヤバイ」の発言者から、最大の推察力を働かせて、自らのうちにその意味を表現するべきなのだ。

「ヤバイ」の多用はヤバイ。信頼関係を破壊する

しかし比して「ヤバイ」や「おいしい」などの抽象度の高い表現の連呼は、それらを感受する人を惑わす。先の料理人の推察と表現とは時間を要するため、その間に「ヤバイ」や「おいしい」などを連呼せられれば、料理人の理性は過剰労働を強いられて憤りを覚える。

やがて憤りは対象への怒りに変わり、その結果、両者の信頼関係は破棄せられるだろう。

然るに「ヤバイ」の発言者は「ヤバイ」の意味を養わねばならない。「ヤバイ」というのは感情の発露の表現であるべきであり、その後には「ヤバイ」を理性の働きによって分析する必要がある。別言すれば「ヤバイ」という熱情の発露の後には冷静な後戯の必要があるのである。

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