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今、言語を学ぶ意味はあるのか?言語を学ぶ必要性

言語を学ぶ男の子

優れた翻訳機がある今、言語を学ぶ意味はあるのだろうか。

技術の発展が著しく、英語をまったく読めない人でも、翻訳機を介すことにより誰でも英語を読めるようになった。

会話の場合も同様であり、スマートフォンのアプリケーションに我々が英語もしくは何らかの言語で話しかければ特定の言語が出力(アウトプット)される。

言葉の壁を超えてどの国籍の誰とでも話せる時代になり、学校教育で習う言語(英語)ももはや意味をなさないという疑問が頭をよぎる。

今、言語を学ぶ意味はあるのだろうか。

言語を学ぶ意味

英語を学ぶ意味の画像

私の立場を明確にしておくと、今、言語を学ぶ意味は「ある」。

言語がもたらしているものは “言葉の壁” だけではなく、異文化理解に強い影響をもたらしているからだ。

異文化理解は現代社会において喫緊の問題である。

テロや外交問題などは異文化のすれ違いにより生まれている。

そうした異文化の問題を解くカギとなるのが言語を学ぶことである。

母国語と異なる言語を学ぶ過程で、言語を通して必然的に国の文化を知ることになるからだ。

文化とは、過去の出来事、思想、感情、行動・生活様式などを “言語” を通して形成される総体を言う。

言語を学ぶことは、そうした文化を知ることを多分に含んでいる。

つまり、言語を学ぶことではじめて、異文化理解ができるのである。

言語の壁(心の問題)

英語の心の問題

さらに付け加えて言えば、言語を学ぶ意味としては「心」の問題もある。

翻訳機という媒体を通してやりとりされる言語では気持ちが切実に伝わらない。

たとえば、翻訳機を通して英語で会話をするとき。

「あなたが好き」という日本語を使って、英語を母語とする人に伝えるとする。

この場合の伝達図式としては、日本語→翻訳機→英語である。

原因がタイムラグか翻訳機を通してなのかは不明瞭ではあるが、相手側の心の状態は直接英語で「あなたが好き」と伝えられた場合よりも明らかに異なる。

それは、私たち日本人が「I LOVE YOU」と言われるより「あなたが好き」と言われた方が感情が高ぶるのと同じことである。

まとめ

国際情勢が不安定な世の中で共生することは、異なるものを認め合い、異文化を尊重する姿勢が必要である。

言語を学び、相手が母語とする言語で意思伝達をすることで、ただの会話だけではなく、心の会話ができ、真の異文化理解へとつながる。

私は以上のことから、今、言語を学ぶ意味はあると考える。

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