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この世から子どもが消えたなら

なんと残酷で極悪の跋扈した救済の余地のない世になるだろうか。

子どもの存在は、親の庇護心をはるかに芽生えさせ、親の博愛の精神をはるかに育む。子どもへ向けられる関心は、全く利己的傾向を廃しており、惻隠の情のあらわれであり、全人が目指すべき善の魂の象徴なのである。

かつて私は「子どもを産むことは罪である」と考えていた。とかく厭世病を患ってはないが、世界は悪の化身であることを大前提していた。

それゆえ、その世界に子どもを産むことは、さながら刑法の行き届かない犯罪街に子どもを置き捨てる行為と同様であり、したがって出産とは罪どころか極悪非道人のなす誤立派な大罪でもあると考えていたのである。

しかし子どもの存在は、その子の親のみならず、全人のもつ善の魂を呼び覚まし、揺曳し、悪人の心までをも改善させる。

もし、この世から子どもが消えたなら、とたんに世界は崩壊の一途を突っ走るだろう。その世界とは善なき自由が横行闊歩した無法地帯であり、殺戮戦線であり、もはや生命あるものの住処としての存在は不可能となる。

子どものほかに一体だれの救済を待つというのだろうか。

だが当の子どもの立場にしてみればどうだろう。子どもは出産の有機的な神秘には合点は得られるだろうが、出産に至ったセックスの経緯には到底合点は得られないだろう。

セックスに至ったのは両親の薄弱な意志のあらわれであり、欲望のあわれな発露であり、もとを正せばセックス(性欲)の制御あるいは転化(昇化)は可能なものであったからである。

まとめよう。子どもは両親の薄弱な意志による有機的産物である。なんらの罪をもたずしてこの世に顔を出して、大人の世界に跋扈する悪を改善する。いわば子どもとは精霊の性質をもつ奴隷のような存在である。

そのような存在として産出される子どもは、「わたしを産まないでほしい」というのが本音である。

一刻も早く我々は子どものほかに世界の救済の方法を発見し、出産を抑制し、子どもという奴隷を解放せねばならない。

これが紙面であれば即刻ビリビリに破いて反故にしただろう。なんと青年らしい愚かな危険思想。しかし私に反駁の余地はないのだ。

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